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Interview

「自分の世界観が決まっていればいいんです。数値は出さなければいけませんが、問題は自分の世界観です」(中村桂子インタビュー①)

自然を観察の対象にし、それを細部にわたるまで分析することで普遍的な真理を見出す。……この数百年、そうした科学的探求が受け継がれることで、この世界の実体が鮮明に浮かび上がってきましたが、その一方で、分析が進めば進むほど、観察者である「わたし」と観察されるものである「自然」は分離されていき、気がついたら事実だけが一人歩きする味気ない世界に変わってしまった面もあります。

 

「生命誌」(Bio History)を提唱される中村桂子さんは、DNAの研究者として先端科学の第一線で活動されてきた一人。科学の世界のすばらしいエッセンスを大事にしながら、このつながりを取り戻すための新しい学びの体系を伝えてきました。

 

私たち人間は、自分もまた自然の一部であることを忘れ、それにゆえに暴走し、自ら不安を増幅させてしまう、とてもふしぎな生き物。そのふしぎさを優しく受け容れながら、目に見えるものと目に見えないもの、科学と野性をどうつないでいくか? 大阪の「生命誌研究館」を訪ね、「生命誌」の視点から、これからの私たちの進んでいく道すじについてお話を伺いました。今回はその第1回。

 

 

■「一番大事なこと」を考え続ける

 

――『TISSUE』の企画を進めているなかで、たまたま先生の映画『水と風と生きものと』を拝見したんです。それがとても面白くて……。

 

中村 そうですか? 私自身の日常を撮影したいと言われて、「はい、どうぞ」とお任せして、それを藤原道夫監督が映画にしてくださったので、面白いと言われても(笑)。

ここ(生命誌研究館)の展示は隅から隅まで指示しますが、あの映画に口出しは一切していないんです。だから、あれは藤原作品なんです。丁寧に作ってくださいましたが。

 

――ここが先生の作品ということなんですね。

 

中村 はい。もちろんみんなで作ってはいますが、私の作品という気持ちでいます。

 

――映画を観ることで、そうした先生の活動がより身近に感じられるようになりました。

 

中村 書いたものではだめですか?

 

――いやいや、そんなことはないですが。ただ、先生が生命科学を通じて面白いと感じられたことを一般の人にどう伝えるかというところに、「生命誌」を提唱されたそもそもの思いがあると感じたのですが……。

 

中村 いえ、それは全然違います。「広める」という考え方は、私にはないのです。私はここを作る時に禁句を作ったんです。それは「啓蒙と普及」です。「啓蒙と普及」は私の辞書にはないんです。最初、私は「教育」もできないと思って「教育、啓蒙、普及は禁句」と言っていたんですが。

 

――そうなんですか?

 

中村 ただ、education(教育)はもともと「引き出す」という意味ですし、自分の年齢を考えても次世代に残すために何かやらなければいけないかなと思って、(禁句から)教育は外しました。でも、「啓蒙と普及」はいまも禁句です。偉そうに言うことでもないんですけれど(笑)、私は自分が本当に大事だと思うことをやるだけなんです。

 

――それが生命誌研究館であると……。

 

中村 はい。ここを作ったのも、私の本当にやりたいことだったからであって、誰もわかってくれなくてもやっていたと思います。生命誌研究館を構想したのは25年以上前になりますが、その時は親しい友人もわかってくれなかったですね。最近、やってきたことが目に見える形になったことで、周囲の人たちも理解してくれるようになりましたが……。

 

――大衆化を望んでいるわけではないんですね。

 

中村 正直、私はマイノリティが大好きで、何かが流行りはじめるといやになるんです。わかってもらえないのはしんどいですが、わかってもらえないことをやっている時が、一番元気がありますから。

 

――しんどいほうが楽しいのかもしれません。

 

中村 「一番大事なことは何か?」を考え続けることは大好きですが、みんなに無理にわかってもらおうとは思わないんです。理解者がいるのは、もちろん嬉しいですよ。だけど、百人の来館者が来てワイワイと見学するだけならば、3人が本当にじっくり観てくれるほうが嬉しいですね。

 

 

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「腸内細菌との『共生』を視野に入れた食のあり方が、これから問われてくるでしょう」(上野川修一インタビュー①)

近年、腸にまつわる研究が世界的に注目を集めるなか、その重要なキーとして腸内細菌の生態、ヒトの健康との関わりなどが徐々に解明されてきている。ヒトは食べることでエネルギーを得て、生命活動を営んでいるが、それは単独で成り立っているわけではなく、その背後には腸内細菌をはじめとする目に見えない微生物との協力関係、すなわち「共生」がある。食品免疫学の第一人者として、食べ物とアレルギー、免疫などの関係について研究をしてきた上野川修一氏(東京大学名誉教授)に、腸内細菌研究のいまについて伺った。今回はその第1回。

 

 腸はスケールの大きな共生空間

 

――最近話題になることの多い腸内細菌や腸内フローラについて、いま科学的にどこまでわかっているのか? お話を聴かせてください。

 

上野川 ここに来て急激に関心が上がっているように思いますね。6〜7年前から「ネイチャー」「サイエンス」など、広く読まれている科学誌に腸内細菌に関する論文がかなり増えていますから。

 

――これまでにないような状況?

 

上野川 そうですね。腸内細菌の研究は、わが国では光岡知足先生(理化学研究所名誉研究員)を中心に、いわゆる嫌気性培養法を用いることで大きな成果をあげてきました。

 その後、腸内細菌の遺伝子解析から腸内フローラの特徴を知る方法(メタゲノム解析)が開発され、従来の成果と併せて多くのデータが蓄積されるようになりました。その結果、この分野に興味を持ち、重要性を感じる研究者が多くなってきたということでしょう。

 

――そうしたなか、先生が注目されているのはどのあたりの領域でしょうか?

 

上野川 腸内細菌との共生、その延長にある免疫や食についてですね。

 

――テーマというかキーワードが?

 

上野川 はい。たとえば、地球がまだ(酸素がとても少ない)嫌気状態だった頃に微生物が生まれ、光合成をする微生物が繁殖することで酸素が発生して、好気的な環境下になったわけですよね。そこでも生き残って……。

 

――そうですね。酸化のダメージを乗り越え、さらに進化して……。

 

上野川 一方、そうした中でも嫌気的な状態を保ち、人の腸内に棲む場所を見つけた微生物もいます。一般的にはそれが腸内細菌と呼ばれているわけです。

 哺乳類の腸には、体の中で最大の免疫系がありますよね? 免疫は病原性のある菌が棲むのを阻もうとするわけですが、有益な腸内細菌は排除されずに棲みついて、宿主から食を得ることで生存する。宿主である哺乳類はそれを許して排除しないという……。

 

――有益な菌を排除しないのは、「免疫寛容」と呼ばれていますね。通常は免疫が排除するはずが、大腸には有害な菌も存在しています。免疫はどういうふうに見分けていているんでしょうか?

 

上野川 まず、胃では胃酸が分泌されますから、酸に弱い病原菌はそれで殺されてしまいます。そこで生き残った菌は小腸に運ばれていきますが、小腸には上皮細胞にあるパイエル板と呼ばれる免疫器官を中心に、しっかりとした免疫系が備わっているわけです。

 また、そうした有害な菌を排除する仕組みとともに、必要なものを取り入れ、消化吸収する代謝の働きもあります。

 免疫と代謝、両方を併せ持っている小腸は非常に重要な器官だとわかりますが、では、(腸内細菌の棲んでいる)大腸は何なんだということですよね?

 

――小腸と大腸の役割の違いですね。

 

上野川 一般的には、小腸で吸収しなかった水やその他の成分の吸収をする役割があります。その残りカスが便として排泄されるわけですね。こうした働きがあると同時に、大腸には酸素がほとんどありませんから、嫌気性細菌にとっては最高の住処で、小腸よりもとんでもなく多い数の微生物を抱えています。

 

――ざっと百兆もの菌が棲み着いていると言われていますね。

 

上野川 大腸には粘液を作る杯細胞が豊富で、しっかりとした粘液層があり、この層も菌のよい住処になっています。まだ十分にわかっていませんが、大腸がとてつもないスケールの共生空間であることは間違いありません。

 

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「炎症回路」の活性化が多くの病気の発症につながっています(村上正晃インタビュー①)

近年、様々な事実が明らかになってきた免疫分野の中で、とりわけキーワードになるのが「炎症」。体を守るはずの炎症の働きが低レベルで慢性的に続くことで、自己免疫疾患をはじめ、ガンやメタボなど様々な病気の引き金になる? 今回インタビューに登場する村上正晃氏(北海道大学遺伝子病制御研究所所長・教授)は、こうした諸病の原因となる「慢性炎症」の重要なファクターとして、神経系(交感神経系)→ストレスを結びつけた研究を精力的に行っている。すなわち、ストレスによる神経系への局所の刺激が慢性炎症を起こす……免疫系と神経系をつなげる村上氏の研究はきわめて刺激的だ。これまで語られることの少なかった「炎症・ストレス・交感神経」のつながりをふまえつつ、人がどのようなプロセスで病気にかかるのか? 最新科学が明らかにした事実を2回にわたってお届けしたい。今回はその第1回。

■免疫系と神経系をつなげる研究

 

村上 今日はどんなふうにお話していけばいいですか?

 

――まず、先生の研究分野についてお話ください。大学の研究室のホームページには「分子神経免疫学」と書かれていますが、具体的にどのような研究になるのでしょうか? 

 

村上 対象としているのは炎症で、最近では特に神経刺激との関係を研究しています。炎症と言っても幅広く、ほとんどの病気がここに関わってきます。病気のメカニズムを解明するうえでも、「炎症がどうして生じるか?」ということがとても重要になってくるんです。

 

――免疫学の分野でいま非常に注目されている概念だと思いますが、一般的には炎症というと急性炎症がイメージされますよね。

 

村上 もともと炎症というのは、創傷治癒に関するものですからね。たとえば、蚊に刺された時の炎症は、蚊から入った成分を体から除去するために起こる免疫の働きです。本来、必要があって働くものなのですが、オフにできないまま低レベルの炎症が長く続くと、病気の発症につながってしまいます。

 

――いわゆる「慢性炎症」と呼ばれるものですよね。先生の研究は、そうした炎症のどういった点を対象にされているんですか?

 

村上 2008年に、炎症のメカニズムの基盤になるものを発見して、その機構は発見した当初は「IL-6アンプ」と呼んでいたんですが、いまは「炎症回路(炎症アンプ)」と名称を変えました(図1)。その炎症回路が、じつは局所的に神経系で制御されていることが、私たちの研究でわかったんです。

 

――それで「分子神経免疫学」という名前が……。

 

村上 そうですね。もともとは「分子免疫学」が研究室の名称でしたが、新たにそこに「神経」が入ったんです。もしかすると、近々「心理免疫学」に変えるかもしれませんが(笑)。

 

――炎症回路のメカニズム解明を機に、「神経」が入ったんですか?

 

村上 炎症回路のメカニズムを発見したのが2008年、神経系の制御については「ゲートウェイ反射(Gateway Reflex)」と呼んでいますが、こちらは2012年に発見しています。教室の名称が「分子神経免疫学」に変わったのは、2014年からですね。

 

――なるほど。ところで、免疫について調べていく中で、ここ数年、「炎症」というキーワードと出会う頻度が増えている気がするんですが……。

 

村上 流行っていますよね(笑)。

 

――慢性炎症が生活習慣病やメタボリック症候群の発症にもつながっている……いや、我々が病気と呼んでいるものの多くは炎症がカギになっているという印象を持っています。

 

村上 そう思います。私たちの研究では「炎症回路が……」という形で論文発表していますが、炎症回路が自己免疫疾患をはじめ、メタボリック症候群、アルツハイマー、パーキンソン病、ALSを含む神経変性疾患、あるいはアトピー、アレルギーなどの多くのヒト疾患に関わっているということは、2013年に証明しています(図2)。

 

精神疾患についても、てんかんや統合失調症のように、もともと免疫との関係が指摘されていたものはありますが、全体で見るとあまり関連づけられてなかったですよね。私たちはそうした精神疾患との関わりも証明しましたから、多くの病気に炎症回路が関係していると言って間違いないと思います。

 

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「腸内細菌が共生できているのは、どの菌にも何らかの有益な作用があるからだと思います」(竹田潔インタビュー①)

腸と健康の関わりが語られるようになって久しいが、最先端の科学の分野ではいったいどこまでが解明されているのか? 消化管である腸の働きと切っても切れないのが、生体防御機能を担う免疫の働き。大阪大学医学部でインターロイキン6の発見者である岸本忠三、自然免疫(トール・ライク・レセプター)のメカニズム解明に貢献した審良静男という免疫学の第一人者にもとで学び、免疫と腸内細菌の関わりに新たに着目、炎症性腸疾患ついての研究に取り組むようになったのが、今回インタビューをする竹田潔氏(大阪大学大学院医学研究科教授)だ。難病として知られる潰瘍性大腸炎、クローン病などの解明を通じて、体内の共生者である腸内細菌と免疫の関わりをどう捉えるようになったのか? 免疫・代謝・食事の意味など生命活動の核心について、2回に分けてインタビューをお届けしたい。

 

■腸内細菌が排除されないのはなぜか?

 

――先生のご専門は、潰瘍性大腸炎やクローン病など、腸で起こる炎症性疾患の研究ということでしょうか?

 

竹田 そうですね。そうした病気がどうして起こるのかという点に一番興味を持って研究していますね。

 

――それはもう一貫して?

 

竹田 はい。十数年前に研究室を持つようになったんですけども、その時から研究を続けています。

 

――腸、炎症、免疫が切っても切れない関係であることが知られるようになってきましたが、それは難治性の疾患だけではなく、一般的な病気に対してもカギを握っている印象があります。実際、「腸が健康の要だ」といった内容の本もいっぱい出ていますが……。

 

竹田 そうですね。流行りなのかすごく出ていますね。

 

――僕もそういう本をたくさん作ってきたのですが、先生は腸と健康の関わりをどうとらえてらっしゃいますか? 

 

竹田 まず、免疫系と腸内細菌の関係を考えた場合、マウスを用いた研究では腸内細菌が存在して初めてリンパ球が正常に発達してくるということがわかってきています。それは、腸内細菌がない「完全無菌マウス」ではリンパ球が成熟しないという事実から来ているわけですけれども。

 

――なるほど。腸内細菌の存在が無視できないわけですね。

 

竹田 それと相まって、近年、次世代シーケンサー(遺伝子の塩基配列を高速で読み出せる装置)を用いて1000種類を超えるような腸内細菌が、どのような割合で存在しているのかが判明しています。その結果、マウスの実験になりますが、腸内細菌叢の割合が異なることでリンパ球が異常になるなどの事実もわかってきました。

 

――人に関してはどうでしょうか?

 

竹田 様々な病気の中で、腸内細菌叢の乱れとの関連がわかってきていますね。腸内細菌叢の乱れが認められる病気の多くは免疫系の異常、リンパ球の異常が確認できるという事実もあります。「腸内細菌叢の乱れ」がいくつかの病気には関わっていることは明らかだろうと思います。

 

――腸内細菌叢は「腸内フローラ」とも呼ばれていますが、これは大腸が主ですよね? 細菌が一番多い場所という意味で……。

 

竹田 はい。大腸が一番多い場所です。

 

――その一方で、免疫は小腸の働きという印象がありますが。

 

竹田 いや、そういうわけではなく、小腸にも大腸にも免疫細胞は存在していますよ。

 

――ただ、割合で言うと消化吸収を行う小腸にリンパ球も自然免疫も含めて集まってきますよね? やっぱり小腸が免疫の中心というイメージがあったのですが、そのあたりのとらえ方は実際どうなんでしょうか?

 

竹田 消化管としては小腸のほうが長いので、結果としてリンパ球の数も多いですけれども、大腸にも相当な数が存在しています。小腸と大腸に存在しているリンパ球の数が体内でもっとも多いんです。

 

――6~7割ぐらいと言われていますよね?

 

竹田 正確にはなんとも言えないですけれども、一番多いだろうと。そこで一番不思議なのは、免疫の基本的な使命というのは「異物を認識する・排除する」ということですが、一方で、毎日私たちは食事をしますし、しかも大腸には腸内細菌もいて、どちらも免疫細胞にとっては異物なんです。しかし、腸内細菌に関しては異物として認識することも、攻撃することもなく、健康な状態では何もしていないわけです。

 

――これは「免疫寛容」と呼ばれるものに含まれますか?

 

竹田 そうですね。

 

――文字通り非常に「寛容」だと。病原菌やウイルスは免疫で排除されますが、いわゆる腸内の悪玉菌と呼ばれる菌はそのまま住まわせるというか……。何をもって免疫は判断しているんでしょうか?

 

竹田 そこがわかっていないんです。何をもって判断しているかとなると、腸内細菌もやはり免疫細胞と出会わせると異物ですから、明らかに免疫は反応するようになるんです。

 

――反応はしていると?

 

竹田 はい、免疫細胞は腸内細菌を直接認識すれば必ず反応します。その結果として出てくるのが、潰瘍性大腸炎やクローン病のような炎症性腸疾患というわけです。炎症性腸疾患は、健康な人では反応しない腸内細菌に免疫細胞が反応するがために起こっている病気と現在では認識されているので……。

 

――逆に言えば、普通は反応しないわけですね。イメージしにくいのですが、直接出会っていないということでしょうか?

 

竹田 普段、腸内細菌は消化管の内腔だけに潜んでいて、上皮の壁を越えたところにある免疫細胞と出会うことがない、だから免疫反応が起きない。一方、病原細菌は上皮の壁を越えて入ってくるので、免疫は反応するということだろうと考えられています。

 

――なるほど。侵入して来るものに対しては……。

 

竹田 必ず免疫細胞は反応します。

 

――もちろん攻撃もすると思うんですが、そこまでしない共生菌で、あまり有益でないものを放置するということは?

 

竹田 どうなんでしょうね? ヒトは腸内に1000種類を越える腸内細菌を持っていると言われていますけれど、直接的に影響を及ぼさなくても腸内細菌同士で影響を及ぼしあっていますから。

 

 たとえば、食事から食物繊維を分解して短鎖脂肪酸を作り、それが上皮細胞のエネルギー源になると言われていますが、これは一種類の腸内細菌が作るわけではなく、様々な腸内細菌の連鎖で結果として栄養素ができてくるので、どの菌にも何らかの(有益な)作用があるから、わざわざ腸に住まわせているということかもしれません。

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「食べる、寝る、呼吸する、光を浴びる……生命を蘇生させるカギは日常にあります」(佐古田三郎インタビュー①)

「要素還元主義」という言葉をご存じだろうか? 近代科学のありようを映し出すシンボリックな言葉として、半ば批判的に用いられてきた。なぜなら、すべてを細分化させ、一つ一つの要素に還元させ、その働きを調べていく、そうやって見えてくるものがあると同時に、見失われてしまうものも多いからだ。むしろ、多すぎるのかもしれない。医学もまた、この要素還元主義の流れに取り込まれることで、様々な診療科、様々な専門家に細分化され、いまや身体という全体性に目が向きにくくなっている。生命というものが、どこか抽象的な概念になりつつある。

 

今回、パーキンソン病の名医として知られる佐古田三郎氏のインタビューを掲載するのは、この細分化の流れに抗するように、新しい治療法を模索し、難病の治癒に大きな成果を挙げつつある、稀有な存在であるからだ。神経内科のエキスパートで、大阪の豊中市にある病院の院長を務める佐古田氏は、現代医療を決して否定はしない。いまある仕組みのなかで、不特定多数の患者さんを相手にしながら、よりよく生きるための方法を思考し、実践している。食べること、寝ること、光を浴びること……。そこから見えてきたのは、私たちが生きる空間のなかに答えがあるということ。そんな当たり前の気づきにこそ、未来の医療のヒントがある。

■脳の病気を治癒するカギは腸にある?

 

——先生は普段は患者さんの会でお話されることが多いと思いますが、一般的にはまだまだパーキンソン病に詳しい人は少ないですよね? どんな病気なのか、ご説明いただけませんか?

 

佐古田 皆さんもご存じのように、光に当たると肌が黒くなりますね。それはメラニンができるからですが、中脳の黒質という部分は、光も当たらないのにどういうわけか黒いんです。この黒いところでドーパミンという神経伝達物質がつくられ、大脳基底核というところに到達します。

 

——パーキンソン病は、その黒質が変性することで動作に様々な障害が現れる病気であると考えられていますよね?

 

佐古田 私は少し違う考えを持っていますが、教科書で見るとそうなっています。ですから、保険医療で認められている一番良く効く薬というのは、ドーパミンを補充するというものです。これが有効だと考えられています。

 

——症状については、「手足がふるえる(振戦)」「筋肉がこわばる(筋固縮)」「動きが遅い(無動)」「バランスがとりづらい(姿勢反射障害)」という「四大症候」がよく知られていますが……。

 

佐古田 これも一般的にはそう考えられていますね。ただ、それ以外にも非運動症状と呼ばれる、うつ、不眠、便秘など様々な症状があります。ですから、運動障害は氷山の一角に過ぎないと指摘されている先生もおられます。

 

——やはり高齢者がかかりやすい?

 

佐古田 はい。遺伝性のものもありますが、比較的高齢者が多いですね。

 

——同じ脳の病気として、アルツハイマー病もあります。高齢者に多い点では、脳梗塞も含め大きな社会問題になっていますが、先生は治癒のカギはどれも腸にあると考えられていますね。 

 

佐古田 腸内の神経細胞は6億個あり、ほぼ脊髄に匹敵すると言われています。セロトニンやドーパミンなど多くの神経伝達物質が腸の中で作られていますし、動物実験ではありますが、脳の記憶に関係した細菌や、うつに関係した細菌がいることも、多くの論文で発表されています。

 

——パーキンソン病に関しては?

 

佐古田 私が面白いと思っているのは、ブラークという病理の先生が発表した説ですね。パーキンソン病でできる「レビー小体」という脳の病変が、じつは腸から始まり上へあがっていくという論文があるんです。

 

——レビー小体は、一般的には脳のなかにできると言われています。それがまず腸内でできて移動するということですか?

 

佐古田 いや、正確に言えば、初期の頃は腸にだけできていて、それが進行していくと身体の他の部分にでき、脳でも脳幹にでき、大脳皮質にもできてくるというように、ステージによってできる場所が広がっていくということです。レビー小体自体が移動していくという考え方ではありません。

 

——なるほど。いずれにせよ、初期段階ではまず腸にレビー小体ができると。 

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「いま、アレルギーのメカニズムが大きく塗り変わろうとしています」(斎藤博久インタビュー①)

ここ数年、アレルギー研究の分野で新しい発見が相次いでいる。「T細胞(Th1/Th2)のバランスが崩れることで発症する」といった従来の定説が見直しを迫られる一方で、アレルギーという病態の全容が徐々に浮かび上がりつつある状況にある。いまこの分野の最前線でどんな研究が進められ、何が明らかになってきたのか? このほど刊行された一般向けの『Q&Aでよくわかるアレルギーのしくみ』(技術評論社)の著者で、同分野の研究の第一人者である斎藤博久氏(国立成育医療センター研究所副研究所長/日本アレルギー学会理事長)へのインタビューを3回にわたってお届けしたい。今回はその第1回。

■「Th1/Th2セオリー」は崩壊した?

 

――今回の本では、「アレルギーは皮膚から起こる」という、それまでの定説を覆すトピックスを紹介していますが、これまでアレルギーの原因と言うと、いわゆる「衛生仮説」のほうが知られていたと思います。「自然に触れる機会が減ってしまい、清潔志向が進んだことがアレルギーの増加につながった」という……。

 

斎藤:「衛生仮説」が発表されたのは1991年のことですから、一般に広まっていったのもそれ以降のことでしょうね。

 

――この説に注目することで、何か臨床面で活かせたことはあったんですか?

 

斎藤:臨床面で? たとえば、「田舎に住め」とかですか?

 

――結局、そういう話になっちゃいますよね?(笑)。

 

斎藤:「衛生仮説」は疫学的なデータですから、そういう傾向があるとわかっても、臨床面で活かすのは難しいですね。あまり過度に清潔になりすぎないようにとか、そういう認識は患者さんに伝わったんじゃないかと思いますが。

 

――興味深い仮説であっても、だから注目されてきたとは言えなかったわけですね。ただ、そうした状況が変化する一つのきっかけとして、1990年代の終わり、自然免疫のToll様受容体(Toll Like Receptor)の発見がありました。

 

斉藤:ええ。Toll様受容体のメカニズムがわかってきて、免疫学者も(「衛生仮説」に)興味を持ち出したんです。やはり、メカニズムが伴わないとサイエンスとしてなかなか認めにくいという風潮がありますから。

 

――「アレルギーは皮膚から起こる」という話が出てきたのは、さらに後のことですね。

 

斉藤:そうです。2003年に英国のギデオン・ラック教授が指摘したのをきっかけに、皮膚からの感作がアレルギーの第一原因として認識されるようになってきました。その後、2009年に「二重抗原曝露説」(図2参照)を提唱され、私たちの研究にもつながっていきました。

 

――成育医療センターが行った調査で、乳幼児期の保湿の重要性が科学的に裏付けられ、ようやく臨床面でもアレルギー疾患を減らしていく具体策が見えてきたわけですねJournal of Allergy & Clinical Immunology (11.248) Vol. 134, Issue 4, October 2014.。こうして見ていくと、いまアレルギー治療が大きく様変わりしつつある印象を受けます。

 

斎藤:そのあたりの話とも関係してくると思いますが、じつは最近、「衛生仮説」の理論を裏付ける非常に興味深い論文が『Science』に出たんですhttp://www.sciencemag.org/content/349/6252/1106。まだ私自身も知ったばかりなのですが、この内容を読む限り、これまでの定説だった「衛生仮説」の裏付けとしての「Th1/Th2セオリー」は崩壊したんじゃないかと思いますね。

 

――そうなんですか? そんな大きなニュースが……。

 

斎藤:それまでアレルギーの発症については、Th1(Ⅰ型ヘルパーT細胞)とTh2(Ⅱ型ヘルパーT細胞)のバランスで説明されることが多かったのですが、実際それでは不十分で、炎症性のTh17や制御性T細胞なども関わってくることは今回の本でも解説していますね? こうした個々のT細胞のバランスが大事であるということは正しいんですけれど、もうちょっと細かいメカニズムがわかってきたんですよ。

 

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