「腸内細菌との『共生』を視野に入れた食のあり方が、これから問われてくるでしょう」(上野川修一インタビュー①)

近年、腸にまつわる研究が世界的に注目を集めるなか、その重要なキーとして腸内細菌の生態、ヒトの健康との関わりなどが徐々に解明されてきている。ヒトは食べることでエネルギーを得て、生命活動を営んでいるが、それは単独で成り立っているわけではなく、その背後には腸内細菌をはじめとする目に見えない微生物との協力関係、すなわち「共生」がある。食品免疫学の第一人者として、食べ物とアレルギー、免疫などの関係について研究をしてきた上野川修一氏(東京大学名誉教授)に、腸内細菌研究のいまについて伺った。今回はその第1回。

 

 腸はスケールの大きな共生空間

 

――最近話題になることの多い腸内細菌や腸内フローラについて、いま科学的にどこまでわかっているのか? お話を聴かせてください。

 

上野川 ここに来て急激に関心が上がっているように思いますね。6〜7年前から「ネイチャー」「サイエンス」など、広く読まれている科学誌に腸内細菌に関する論文がかなり増えていますから。

 

――これまでにないような状況?

 

上野川 そうですね。腸内細菌の研究は、わが国では光岡知足先生(理化学研究所名誉研究員)を中心に、いわゆる嫌気性培養法を用いることで大きな成果をあげてきました。

 その後、腸内細菌の遺伝子解析から腸内フローラの特徴を知る方法(メタゲノム解析)が開発され、従来の成果と併せて多くのデータが蓄積されるようになりました。その結果、この分野に興味を持ち、重要性を感じる研究者が多くなってきたということでしょう。

 

――そうしたなか、先生が注目されているのはどのあたりの領域でしょうか?

 

上野川 腸内細菌との共生、その延長にある免疫や食についてですね。

 

――テーマというかキーワードが?

 

上野川 はい。たとえば、地球がまだ(酸素がとても少ない)嫌気状態だった頃に微生物が生まれ、光合成をする微生物が繁殖することで酸素が発生して、好気的な環境下になったわけですよね。そこでも生き残って……。

 

――そうですね。酸化のダメージを乗り越え、さらに進化して……。

 

上野川 一方、そうした中でも嫌気的な状態を保ち、人の腸内に棲む場所を見つけた微生物もいます。一般的にはそれが腸内細菌と呼ばれているわけです。

 哺乳類の腸には、体の中で最大の免疫系がありますよね? 免疫は病原性のある菌が棲むのを阻もうとするわけですが、有益な腸内細菌は排除されずに棲みついて、宿主から食を得ることで生存する。宿主である哺乳類はそれを許して排除しないという……。

 

――有益な菌を排除しないのは、「免疫寛容」と呼ばれていますね。通常は免疫が排除するはずが、大腸には有害な菌も存在しています。免疫はどういうふうに見分けていているんでしょうか?

 

上野川 まず、胃では胃酸が分泌されますから、酸に弱い病原菌はそれで殺されてしまいます。そこで生き残った菌は小腸に運ばれていきますが、小腸には上皮細胞にあるパイエル板と呼ばれる免疫器官を中心に、しっかりとした免疫系が備わっているわけです。

 また、そうした有害な菌を排除する仕組みとともに、必要なものを取り入れ、消化吸収する代謝の働きもあります。

 免疫と代謝、両方を併せ持っている小腸は非常に重要な器官だとわかりますが、では、(腸内細菌の棲んでいる)大腸は何なんだということですよね?

 

――小腸と大腸の役割の違いですね。

 

上野川 一般的には、小腸で吸収しなかった水やその他の成分の吸収をする役割があります。その残りカスが便として排泄されるわけですね。こうした働きがあると同時に、大腸には酸素がほとんどありませんから、嫌気性細菌にとっては最高の住処で、小腸よりもとんでもなく多い数の微生物を抱えています。

 

――ざっと百兆もの菌が棲み着いていると言われていますね。

 

上野川 大腸には粘液を作る杯細胞が豊富で、しっかりとした粘液層があり、この層も菌のよい住処になっています。まだ十分にわかっていませんが、大腸がとてつもないスケールの共生空間であることは間違いありません。

 

腸内細菌も免疫システムの一部?

 

――小腸の免疫系だと、いわゆる免疫細胞(抗原提示細胞、T細胞、B細胞など白血球の仲間)によって、異物を捕える抗体がつくられますよね。

 

上野川 ええ。抗体には様々な種類がありますが、腸のなかでは特にIgA抗体が作られています。

――そうした免疫系は、大腸のほうにどう関わっているんでしょうか?

 

上野川 菌が体の中に入ってきて、小腸で作られたIgA抗体で対処できたとしても、そこから生き残ったものが大腸に入ってくるわけです。

大腸では、いろいろな菌が共生して生態系をつくっていますから、入ってきた病原菌を優勢な有益菌が容易に増殖させない面があると思うんですね。

それと小腸で作られたIgAが大腸に運ばれる仕組みがあり、病原菌を抑えてくれます。さらに、食べ物のカスである食物繊維を腸内細菌が分解して、酪酸や乳酸を出すことで腸内のpHは酸性になります。こうした食べ物との関わりによって、結果的に病原菌の増殖を抑える働きもあると考えられています。

 

――だとすれば、腸内細菌も免疫の役割を担っていると言えますね? 

 

上野川 ああ、確かにそうかもしれませんね。実際、抗生物質で腸内細菌を除くと、腸の働きが低下することが知られています。腸内細菌はただ腸に棲んでいるだけでなく、宿主側にも様々な良い影響を与えていると考えられます。

 

――宿主と菌、両者の間で取り引きが成り立っている?

 

上野川 ええ。共生の本質が何かということについて、これからいろいろと研究が進んでいくと思いますよ。共生の仕組みがわからないと、共生が崩壊、破綻することで病気が起こるという体の仕組みもわからないからです。

私たちの体は、共生によって恒常性(ホメオスタシス)を保っており、健康が維持されています。生活習慣の乱れ、ストレスなどが重なることで「共生→恒常性」が破綻してくると、腸内に限らず、生体の様々な機能に悪い影響を与えてしまうことになるのです。

 

――腸内フローラの状態が健康や病気と相関関係があると考えられているのは、それゆえですね。

 

上野川 ええ。「どの菌が体にどう影響するか?」ということまではなかなか言えないと思いますが、一人ひとりの腸内フローラを「こんな環境で生活している人はこんな腸内細菌叢をしている」といった視点で調べている研究が多くあり、興味深い報告がされています。

 

――人によって傾向が違っても何かしら共通点があると。

 

上野川 僕の場合、これまで食の機能、免疫の機能の研究をしてきました。そういった立場から、これからは我々が生命を維持するために摂っている食、腸内細菌群の摂っている食の両面を考えることが大事だと思っています。

食は生命ですから、「健康を得るには腸内細菌が何を食べると我々と共利共生の状態が保てるのか?」という視点が非常に重要になってくるでしょう。

 

――普通は食べるというと「自分」のためだけしか考えないですよね。

 

上野川 ええ。要するに、腸内細菌のためにも食べてあげないといけない時代になってきたということです。

 

 

脊椎動物の腸の進化をたどる

 

――そこで質問なのですが、小腸の免疫が活性化した状態と大腸の腸内フローラが調和した状態、そこにはどんな相関関係があるのでしょうか?

 

上野川 「腸は第2の脳」と呼ばれているように、とても複雑で精巧にできていますが、そこには腸内細菌の働きも関係しているでしょう。そう考えたら、複雑なシステムという点で、「第2の脳」どころじゃないかもしれません。大前提として、そうした認識が必要ですね。

 

――本当に大げさではなく、ここに宇宙があるくらいの感じ?

 

上野川 僕自身、いつも「腸は宇宙だ」って言ってきました。あるテレビ番組(NHK『爆笑問題のニッポンの教養』)で腸と腸内細菌の話をしましたが、その時にもそう言いましたね(笑)。

 

――言い得て妙と言うか、まさにその通りだと?

 

上野川 そう思いますよ。腸という器官を、宇宙といういろいろなものが詰まった広い空間としてたとえているわけですが。

 

――なるほど。そこで、大腸の話に戻るわけですが、小腸はいわゆる宿主のための器官ですが、大腸はどちらかと言うと腸内細菌のための……。

 

上野川 人間のためでもあるけれども、腸内細菌のための場所でもあるということですね。この関わりを知るには、動物の腸の進化の歴史をたどらなければならないと思い、4年ほど前に『からだの中の外界 腸のふしぎ』(講談社ブルーバックス)という本のなかで書きました。

 

――拝読していますが、とても面白い本だと思いました。

 

上野川 そう言っていただけると嬉しいですが、でも、自分の勉強のために書いたんですよ。「食とは何か?」ということを生物学的視点から書きたいという思いもありましてね。

 

――生物学的な視点というのは?

 

上野川 「腸は何のためにあるのか?」というと、基本的には食をとるためにあるわけです。では、食の根源を考えるにはどうすればいいかというと、腸の進化の過程を考えることが必要になってくる。

ですから、同じ論理で腸内細菌とは何かを考えた場合、腸内細菌が共生するようになった起源や進化の過程から考えないとわからない、という立場に最近はなってきているんです。

 

――本の冒頭で、そのあたりを丁寧に言及されていますね。消化の仕組みとかすごく面白かったです。脊椎動物でも全部違うのかと驚かされました。

 

上野川 そういう視点からだと、(同じ腸でも)大腸と小腸は違うものだと言えるかもしれません。大腸が形成されるようになるのは、生物が上陸してからだと考えられているんです。

 

――両生類からでよろしいでしょうか?

 

上野川 ええ。まず、海の中で生命が生まれたと言われていますね。脊椎動物の場合も、たとえば水の中で魚類が生まれ、両生類が陸へ上がってくるわけでしょう? その過程で免疫的な働きがどう変わっていったのか? 腸内細菌との共生はどのように成立したのか? そもそも、大腸とはいったい何なのか? 

 

――そうですね。大腸という器官は進化の途中から形成されて、そこに腸内細菌が棲むようになって。

 

上野川 先ほどもお話ししましたが、最初は(嫌気性細菌の)単なる逃げ場だったとも言われています。両生類以下の大腸のない動物にも特徴のある腸内細菌が棲んでいますから、まだわからないことも多いですが……。

 

――免疫自体はもっと前からできていたわけですよね。食が始まった段階で免疫ができていないとまずいでしょうから、生命の誕生とかなり重なり合っているのではと感じます。

 

上野川 消化吸収が先なのか、免疫が先なのか、そのあたりはハッキリとわかりませんが、たとえば、アメーバのような単細胞生物は、食細胞のように細菌も食べて、栄養も取り入れるわけです。両方の役割をしていたんですね。

 

第2回に続く)

 

◎上野川修一 Shuichi Kaminogawa

1942年、東京都出身。東京大学名誉教授。農学博士。東京大学農学部農芸化学科卒業。同大助手、助教授を経て、2003年まで東京大学大学院農学生命科学研究科教授。2012年まで日本大学生物資源科学科教授。食品アレルギーや腸管免疫のしくみ、腸内細菌のからだへの影響などの研究に従事。日本農芸化学会会長、内閣府食品安全委員会専門委員会座長、日本ビフィズス菌センター(腸内細菌学会)理事長を歴任。現在、日本食品免疫学会会長。紫綬褒章、国際酪農連盟賞、日本農芸化学会賞等を受賞。著書に、『からだの中の外界 腸のふしぎ』(講談社ブルーバックス)、『免疫と腸内細菌』(平凡社)、『からだと免疫のしくみ』(日本実業出版社)など多数。食アレルギー、腸管免疫、腸内細菌などに関する研究論文多数。