「ヒントを得るのは構いませんが、答えは求めるな。自分で考えろと言いたい」(栗本慎一郎インタビュー②)

前回に引き続き、ユーラシア(西洋・東洋・日本)全体の歴史を経済人類学の視点から俯瞰した意欲作、『ゆがめられた地球文明の歴史~「パンツをはいたサル」に起きた世界史の真実』(技術評論社)の著者・栗本慎一郎氏へのロングインタビューをお届けします。「ここに書かれていることが人類の歩みの真実であり、この地上に起こった本当のことです」と語る著者は、この一冊を通じて読者に何を伝えたいと思っているのか? そこで提示されるこれまでの歴史とは一線を画する世界観とはどんなものなのか? 同書のサイドストーリーとしてもお楽しみください(長沼敬憲)。

 

 

「キリスト教なんて、僕から言わせればとんでもない宗教です」

 

――やはり先生の本は、経済人類学がベースにありきで、その視点から歴史が描かれていますね。そこが、他の歴史の本と根本的に違うところだと思います。

 

栗本:まず生命論があって、生命の実際の動きとして共同体の発展、興亡がある。こういう視点が根本にある。それが、そもそもの歴史の基本です。

 

――これまでアジア中心に伺ってきましたが、ヨーロッパに関しても視点が全然逆転されるような箇所が随分ありますよね。

特にキリスト教の位置付けや、ミトラ教との関係、あるいはパルティアとローマの関係など、世界史を普通に学んでも得られないような視点だと思います。

要は、キリスト教のさらに奥に、もっと本質的なものがあるんじゃないか、ということですよね。

 

栗本:あるんです。キリスト教なんて、僕から言わせればとんでもない宗教です。政治と結託して広まっていったわけですから。しかも、広まっていったのはアタナシウス派というキリスト教の一派にすぎません。

 

――極めてマイナーで弱かったものが、逆にコンプレックスをバネにして世界中に広まってしまった。その結果、もっと本質的なものが逆に歴史の中に埋没してしまったと。

 

栗本:そうです。それが真実です。

 

――文明の病というか、拡大発展病と先生も書かれているような病が、人類の歴史のなかで発症した。そうした病の延長上にキリスト教の発展があるということですね。

 

栗本:病が発症したのは、南シベリアです。それがメソポタミアに広がって、それがヨーロッパに、アジアに蔓延していったのです。

 

――キリスト教が病を広げたというのは……。

 

栗本:アタナシウス派が相手にしたのは、アリウス派という同じキリスト教徒で、しかもこっちの教義のほうがより根本的なんですが、これを異端扱いして「みんな殺しちゃえ」となったのです。

十字軍の時もそうでしたが、そうやって虐殺することで世界に広まっていったんです。だからキリスト教なんて、客観的に言えば人殺しの許可を与えている権威に過ぎません。

 

――それはいまの国際情勢の中にも明らかに影を落としていますよね。

 

栗本:そうですが、必ずしもうまくはいっていません。キリスト教はイスラム教虐殺の許可を出したわけですが、ここにユダヤ教が絡んでくるため構造は複雑化しています。

世界に広まっているのはキリスト教ですが、実際にはユダヤ教徒がかなり支配的な力を持っている。

 

――いつの間にか、本当のユダヤ人じゃない、いわゆるアシュケナージユダヤ人が……。

 

栗本:そう。僕がいま言っているのはアシュケナージユダヤ人のことです。本来のユダヤ人じゃない。もとはカザールの王族です。

 

――カザール帝国の王族が、ある時点でユダヤ教に改宗したということですよね。彼らはそれを隠して、ユダヤの末裔として正当化をしているという……。

 

栗本:多分、50年もすると彼らはそれもうまく取り込むでしょう。それぐらいの知恵はあります。

「我々はパレスチナにいなかったけど、神に言われてここに来たんだ」とか言うでしょう。そう予測しています。頭がいいんですよ、連中は。

 

――「なるほど」という感じにされちゃうんですかね。本当にゆがめられた地球文明の歴史そのものですね。

 

 

栗本:そうしないと彼らは生きられないから、そういうこともあるでしょう。

 

 

 

「西洋が行き詰まったから東洋がとか、そういう問題じゃない」

 

――西欧の文明が複雑化して行き詰まっているなかで、逆に東洋発の文明に希望があるんじゃないか、という人もいますけれども。

 

栗本:そういうふうに考えるのはおかしい。全然関係ないです。そういう話を全部やめなきゃ駄目なの。どっちが上だとかね。

 

――でも、必ず出てきますね。

 

栗本:必ず出てくる、くだらない。逆に森の生活に戻れとかいうのもくだらない。そういうものじゃないんです。

 

――ただ、この本が一つのヒントになることはあると思うんですが……。

 

栗本:ヒントを得るのは構いませんが、まず自分で考えろと。それ以上、何も言いたくないです。

『パンツをはいたサル』の時も「じゃあどうすればパンツが脱げるんですか」と質問がたくさん来ましたけど、答えるつもりはありません。

そもそも、西洋が行き詰まったから東洋がとか、そういう問題じゃない。しかもそっちがいいとも言えない。

 

――こうした発想を安易に自分の拠り所にしている、記号論化しているところがありますよね。

 

栗本:皆するんだよ。それはやめてもらいたいです。そんなことを私は言いたいわけじゃない。

 

――そのへんは『パンツをはいたサル』から全然変わらないですね。

 

栗本:全然変わらないです。思想とか支配とか繁栄とか、そういうものじゃないんです。そのへんは相当誤解している人が多い。「今度は俺たちの時代が」とか、そういう問題じゃないんです。

 

 

「簡単に原発反対とか、脱原発とか言ってはほしくないね」

 

――歴史が結局その繰り返しで続いてきて、いろんな問題を引き起こしているのに、それを生み出している構造に気づいてないということですね。

自分のイデオロギーとか立場を持っている限り、少なくとも学問的ではないと思うんですが……。

 

栗本:全然学問的ではないですよ。私も個人的には現イスラエル政府のやっていることは理解できないから反対ですけど、でもそういう運動を起こそうだとか、加わろうとか、一切思わない。

そうではなく、もうちょっと根本的に社会というものを考えてもらいたい。すべてはそこからです。

 

――その答えは自分で探せと。先生に聞けばいいというもんじゃない?

 

栗本:そうです。そんなことを聞かれたって、ちょっと答えられません。答えたらそのとおりにやるというならいいよ。そうでもないでしょう。チラッとだけ聞くというのはダメです。

 

――ただ、今回の本をしっかり読めば、やはり意識の転換というか、発想は大きく変えざるを得ないというか、そういう思いは誰もが抱くと思います。

 

栗本:そうは思うんだけど、実行は難しい。この点については、今回の本というより『パンツを脱いだサル』のほうで具体的に言えることは言っています。そちらを参照してください。

 

――最後に一つ、昨今の原発の再稼働の問題などは、ここまでお話されたような拡大発展病の一つの現れとも言えるんでしょうか?

 

栗本:確かに言えます。南シベリアで発生しメソポタミアで拡大した病は、いまもなくならずずっと続いているのですから。ただ、簡単に原発反対とか、脱原発とか言ってはほしくないね。そんなに単純な話ではない。

 

――市民運動をしている側にも同じ病がひそんでいると、以前おっしゃっていましたね。組織を大きくしたいとか、運動を拡大したいとか……。

 

栗本:単にエネルギーを切り替えれば済むとか、そういう話ではないでしょう。もっと根の深いものですから。賛成とか反対とか、私にはどうでもいいことです。それよりも真実を知り、問題の構造に気づくことです。

 

――拡大発展病は人類の業のようなものですか?

 

栗本:業という言葉は好きじゃないね。仏教用語ですから。ただ、簡単に何とかなるというものでないことは確かです。

 

 

 

↓続きはこちらをご覧ください。

★「日本人の起源なんて、いまの知性のレベルじゃ問題そのものがわからないですよ」(栗本慎一郎インタビュー③)

 

 

◎栗本慎一郎 Shinichiro Kurimoto

1941年、東京生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了。奈良県立短期大学、ノースウエスタン大学客員教授、明治大学法学部教授を経て衆議院議員を二期務める。1999年、脳梗塞に倒れるも復帰し、東京農業大学教授を経て、現在有明教育芸術短期大学学長。著書に『経済人類学』(東洋経済新報社)、『幻想としての経済』(青土社)、『パンツをはいたサル』(光文社)、歴史に関する近著として『パンツを脱いだサル』(現代書館)、『シリウスの都飛鳥』(たちばな出版)『シルクロードの経済人類学』(東京農業大学出版会)、『ゆがめられた地球文明の歴史』『栗本慎一郎の全世界史』(技術評論社)など。