「弁証法なんてまるっきり信用していないですよ」(栗本慎一郎インタビュー2-①)

好評発売中の『栗本慎一郎の全世界史』、その刊行を記念して著者・栗本慎一郎先生への著者インタビューを公開します。本書で書き尽くせなかった「行間」を少しでも感じとっていただけると幸いです。ロングインタビューになったため、3回に分けてお送りします(長沼敬憲)

 

――先生、今日はちょうど本の発売日(2013年4月13日)ですね。今回は著者インタビューということで、いろいろとご質問させていただきます。前著(「ゆがめられた地球文明の歴史」)に比べると、結果的に読みやすく仕上がったと思うんですが……。

 

栗本:読みやすいかどうか、それはわからないですよ。

 

――そうですか? これまでの本に比べるとコンパクトですし、とりあえずこの一冊があれば世界史の全体像が見えるという……。

 

栗本:いや、いろいろと必要なものを入れていらないものを削った結果、文章の一個一個に込めた意味が大きくなって。ある意味で、重たい教科書という気がしますね。

 

――この本を出版しようと思われた意図は? 今までも歴史の本はいろいろと出されていますが、バラバラで書かれたものが1冊に凝縮されている、という感じでしょうか?

 

栗本:そう。だから僕は難しいと思うんですよ。(コンパクトだからと言って)簡単に皆にわかると思わない。必要なことはすべて入れましたが、その結果、一つ一つについては説明不足になっているところがある。そこはしょうがない。

 

――個々に関心を持ったところがある場合は、過去の先生の著作を探れば、もっとより深く書いてある面もある?

 

栗本:ある部分についてはね。例えば江戸時代の人口の問題について過去に書きましたが(「幻想としての経済」所収「病にかかった江戸時代」)、でも、この分野に関心のある人は現在のギリシャ危機には関心がないでしょう、普通。

 

――そうですね。

 

栗本:あるいは、ヨーロッパ近代の各民族における国家の成立といったことについて関心のある人はいるけれど、その人は蘇我氏の出自とか全然わからない。

この本ではそうした一つ一つを全部並べている。それで、同じことを言おうとしている。だから、結果的に難しいです。

 

――先生の経済人類学には、そうした全体を捉える、いわゆる「生命論」の視点があるわけですよね?

 

栗本:最初からそういう視点で歴史をやろうと思ったんじゃないんですよ。一個一個を調べていくとどうも辻褄が合わない、それでずっと研究しているうちに、(歴史の本質が)生命論だということが見えてきた。(1988年に上梓した)『意味と生命』の最後に「これからは歴史をやるんだ」と言っているのはそういうことなの。

 

――結局、一つ一つがつながっていったということですね。

 

栗本:そう。我々の社会が生命だということです。ガンがどうしたという話だけじゃなくて、むしろ社会がどうなるかということが我々の生命論であり、意味であると。

 

――例えば、パルティア帝国とかミトラ教とか、蘇我氏とか、南シベリアとか、先生の本には様々なキーワードが出てきますが、これらが一本の線でつながったという感覚はどのあたりで得られたんでしょう?

 

栗本:一個一個、気になることがあったんだよ。それをまとめていって、構成するとこういう本になったという感じです。じゃあ、なぜ気になったのか? それはわからない。勘といえば勘だし、どこかで体がそれに反応したという可能性があるかもしれない。

 

――先生の発想はいわゆる弁証法的なものとは逆のような気がするんです。

 

栗本:全然ちがいます。まるっきり信用していないからね、弁証法なんて。

 

――初めにどちらかというと、感覚的な直観的な結論がある。

 

栗本:最初に来るんだよ、「これが問題だよ」と。それがわからなかったら終わりです。それはAがあって、Bがあって、くっついてCになってとか、そんなことじゃないです。それは間違いなんだよ。それで出てきた歴史の結論は、皆、間違っている。それがマルクスなんだけどさ。その前にヘーゲルがある。これがダメなの、この連中が。

 

――逆に言うと、最初にある程度直観的なものをつかんでいないと、学問というのは構築していけないという言い方にもなるんでしょうか?

 

栗本:まあ、別に二流の学者にはなるでしょう。例えばニーチェとヘーゲルを比較するとね、完全に(違いが)わかるわけです。ニーチェはなぜ気になったか説明しないでしょう? 気になっているものを、ただ言っているだけ。それでいいんです。

 

 

■社会のことを本当に考えていたら絶対にわかる

 

――これまでの本にもいろいろと書かれてきましたけれども、先生は「わからない人はわからない」という、ちょっと冷たい言い方もされますよね。

 

栗本:冷たくていいんです。これまで温かすぎた。温かくしても、結局、全然わかってない。

 

――大元にある生命論は、教育で伝えられるものではない?

 

栗本:いや、社会のことを本当に考えていたら絶対にわかると思います。皆それぞれ感じるものがあるはずです。

 

――それを突き詰める気持ちさえあれば、分野が違っても?

 

栗本:誤魔化さないで突き詰めるつもりがあれば、誰でもわかるものであって。当然、吉本隆明が若ければわかったと思うし。彼の歴史を考える視点には、(日本人のルーツは南方経由だという)南方論があって、それは彼の感覚では大切だったと思うけど、説明できていないよね。できる前に死んでしまったし、それはそれでいいと思いますが……。

 

――先生は北方ルートですよね。有名な「騎馬民族説」の江上波夫さんは……。

 

栗本:彼も北方ルートだけど、朝鮮経由。

 

――朝鮮経由ですよね。そこは考えが違うというか、捉え方が違っていますよね。

 

栗本:それは歴史的勉強の違いがあると思う。朝鮮半島を通ってきたものもあるけれど、メインが朝鮮半島だったという証拠が全然ないわけです。ですから、いろいろ調べているうちに「朝鮮ではないんじゃないか」という疑問が生まれるのが普通です。実際、北方の匈奴(キォンヌ)とか、その後の扶余(フヨ)に、江上さんの関心も行くんだよ。

 

――行っていますよね。

 

栗本:なのに、朝鮮経由になる。たぶん、朝鮮半島に戻らないといけないという、どこかで思い込みがあったんでしょう。これはダメ。

 

――歴史学のなかに、九州のほうからという固定観念がもともとあったんでしょうか?

 

栗本:あったと思う。でも、縄文時代の遺跡で重要なものは北のほうにあるんだから、(北方ルートは)勘じゃないよ。素直に見たら「北なんじゃないの」と思う。これに勘は必要ないです。江波さんも当然それに気づいたはずなんだけど、「そんなはずはないだろう、朝鮮経由だろう」としちゃったところは、既成概念でしょう。

さっきの吉本さんにしても、彼はヘーゲルにこだわりすぎていたの。ヘーゲルが偉いと思って勉強したわけだよ。歴史の本質を見るということについて、その部分が邪魔になっている。

 

――学んだものが、そういう障害になることは多々ある?

 

栗本:あります。僕なんかでももちろんある。

 

 

■ガイア論なんて、あんな雑な話はくだらないですよ

 

――先生もある時期はマルクスを学ばれたと思いますが、そこから離れる時、これにこだわってはいけないという意識も芽生えたわけですか?

 

栗本:そんなふうに最初から思ってないです。マルクスやって、マルクスで食おうと思っていた。正しいマルクス学者になろうとね。ところが、最初の価値形態論とか貨幣論のあたりで「おかしいじゃないか」という疑問が出てきた。そこでカール・ポランニーにぶつかって、「こっちでいいんだ。これはこうなんだ」ということになった。

 

――ポランニーに出会った時点で、いわゆる今回の本の根底にもある「生命論としての歴史」という認識は、言葉として持っていらっしゃいましたか?

 

栗本:持っていませんでした。カール・ポランニーに会った時には持っていません。

 

――その後の研究のなかで、じわじわと構築されていったんでしょうか。本にも書かれていますが、それはガイア論とは違う……。

 

栗本:ガイア論なんて、あんな雑な気分の話はくだらないですよ。本当はそんな大ざっぱな話じゃないですよ。

 

――あれは気分的なもの?

 

栗本:そう。ああいう気分を作って、自分がちょっと新しいことを言っているように思う。そういった話であってね、そういうものはかえって邪魔。一歩でも前へ出たわけじゃなくて、邪魔なの。いけないの。

 

――そうですね。ただ、先生の歴史を「トンデモ歴史」と一緒にしたがる人がいると思うんです。

 

栗本:いいです、そういう人はそれで。(トンデモ歴史でも)部分的に合っているところはあるんだ。

 

――そっちにどっぷり入っている人との差があると思うんです。安易にガイア論を認めないように、何か線引きがありますよね。

 

栗本:ありますよ。トンデモ歴史というのは昔からあるので、それを読んで「この部分はそうだな」ということはあったけど、全体的にこの方向で行こうなんて思ったことは一度もない。

 

――先生がおっしゃるように、蘇我氏のグループが北のほうから日本列島にやって来たのは感覚的に合意できるけれども、細かいルートとか証拠が薄いんじゃないか? ……そう感じる人もいると思うんですよ。

 

栗本:べつにいいですよ、そんなもの。(明確な証拠は)ないです。ただ、絶対出てきます、その気でやればね。僕が25歳くらいだったら見つけます。これまではあっても(視点がないから)捨てているわけだよ。

 

――先生の場合、「蘇我氏が北方から……」という決めつけが最初からあったわけではなくて、全体を調べていくなかで……。

 

栗本:そう。あれは思想とか社会体制に対する蘇我氏の態度からみて、絶対これは北方組であると。

 

――これからそういう視点を持った学者が現れれば……。

 

栗本:そういう願いも込めているんだけどね。僕もちょっと発掘をやったんだけど、そのうちどこからか「蘇我氏がここを通りましたよ」という文書が出てきたり、そういうことがあっても全然かまわないと思います。

 

 

↓続きはこちらをご覧ください。

 

「共通点があっても、まず世界観がなければね」(栗本慎一郎インタビュー2−②)

 

 

 

◎栗本慎一郎(Shinichirou Kurimoto)

1941年、東京生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了。天理大学専任講師、奈良県立短期大学助教授、米ノースウエスタン大学客員教授、明治大学法学部教授を経て衆議院議員を二期務める。1999年、脳梗塞に倒れるも復帰し、東京農業大学教授を経て、現在有明教育芸術短期大学学長。神道国際学会会長。著書に『経済人類学』(東洋経済新報社、講談社学術文庫)、『幻想としての経済』(青土社)、『パンツをはいたサル』(光文社)、歴史に関する近著として『パンツを脱いだサル』(現代書館)、『シリウスの都 飛鳥』(たちばな出版)、『シルクロードの経済人類学』(東京農業大学出版会)、『ゆがめられた地球文明の歴史』『栗本慎一郎の全世界史』(技術評論社)、『栗本慎一郎最終講義』(有明双書)など。