「風土とFOODがつながったきっかけの一つは和辻哲郎でした」(幕内秀夫インタビュー①)

近代以降、日本人の食生活が大きく変わったことはよく知られていますが、それはいいことばかりなく、肥満や生活習慣病の増加に象徴されるように、食原病とも呼べる様々な問題も生んでいます。ミリオンセラー『粗食のすすめ』の著者で管理栄養士の幕内秀夫氏は、こうした状況をふまえ、近代以降に生まれた栄養学、栄養教育の常識そのものを見直す必要があると指摘してきました。今回は、新著『日本人のための病気にならない食べ方』(フォレスト出版)の刊行に合わせ、幕内氏に「食べるとはどんなことなのか?」「日本人にとっての食とは何か?」、インタビューをしました。今回はその前編。

 

食生活は歴史の積み重ねであり、エビデンスはなじみません。

 

――「FOODは風土」と以前から提唱されていますが、どんなきっかけでいつ頃から言われているんでしょうか?

 

幕内:言葉そのものは、和辻哲郎の名著『風土』からきています。ただ、和辻哲郎は「FOODは風土」と言っているわけではありません。「食生活を規定してきたものは風土である」という言葉があるんですね。その前にいろいろなことが重なって出てきた言葉ですが、それが一番直接的なきっかけです。

 

――和辻哲郎の本は学生時代からお読みになっていたんですか?

 

幕内:学生時代ではないです、ずっと後ですよ。

 

――以前、栄養学の世界をドロップアウトされて、様々な先生方と交流されている時代にたくさんの本を読まれたと伺いました。『風土』も、その頃に読まれたということですか?

 

幕内:そうですね。私が学生時代に勉強したのは「食品学」であって、「栄養学」ではないと気づいたんです。それで、栄養学を学ぶとなると読む本がべらぼうに広がったんですね。そのなかのひとつとして、哲学者の本ですが和辻哲郎の『風土』にも出会ったということです。

 

――なるほど。そのあたりがベースにあって、最初の本を出された頃に「FOODは風土」という言葉が出てきた?

 

幕内:どの本で最初に書いたのかまでは覚えていないですね。ただ、本で大きく影響を受けたのは、和辻哲郎の本と、ウェストン・A・プライスというアメリカの歯科医が書いた『食生活と身体と退化』です。

 

――(『食生活と身体の変化』では)先住民の歯の変化を写真にたくさん残していますよね。

 

幕内: 1930年代、歯科医師であった著者が世界中の未開民族などを調査していった記録ですが、当時の世界は風土がFOODを決めていた時代が変わろうとしていた頃なんです。だから、同じ地域の中にも伝統食の人と近代食になった人が混在する時期だったんですね。

 

――食によってこんなにも変わってしまうのかという……。

 

幕内:ええ。イヌイットやアフリカの民族などかなりの数の民族を歯を中心に調査して、「これは食生活の変化による退化」だと……。私にとってはこの本からの影響もとても大きかったです。

 

――そうやって本で得たものと栄養士としての仕事をどうリンクされていったのでしょうか?

 

幕内:何を仕事にしようかなど、その頃は思わなかったですね。ただ好奇心で「食生活や本来の栄養学というのは面白いな」と感じていただけですから。こんなにたくさんの本を書くことになるとは思いもしなかったです(笑)。

 

――資格を取るための栄養教育とは、あまりに内容が乖離していますよね? その溝は埋め難いものでしょうか?

 

幕内:英語の授業でドイツ語を教えているようなものですから、どうしょうもないですよ。「栄養教育を変えなければいけない」と気づいてきている人はたくさんいるんです。でも結局、変えられない。いまでも大学、短大などで教えている栄養学の99%は食品学なわけですからね。栄養学と食品学の違いさえ気がつかないのだから、教育が変わるのを待つよりも気づきつつある人に気づいてほしいと思うのが先でしょう。

 

――以前と比べて話されている内容に変化はありますか?

 

幕内:私などは栄養教育に疑問を持って専門学校も辞めて、独学で勉強しはじめて「後はどこで勉強したらいいんだ?」と考えた時、食事療法を中心とする医療機関をいくつも訪ねて働いたわけです。

だから、私が書いた本はそこで出会った先人たちが言われてきたことと大きく変わりはありません。ただ、そうした先生方は早過ぎたんです。当時はピンと来る人がいなかったんですね。

 

――そうした学びの集大成として、『粗食のすすめ』があるわけですね。

 

幕内:私が『粗食のすすめ』を出してミリオンセラーになった時、新聞や雑誌が取材で「なぜこの本が売れたんでしょうか?」と同じ質問ばかりされるものだから「ちょうど風が吹いてきた時に凧を上げたんでしょう」と答えました。風を起こしたわけではないんです。我々の先人たちも凧は上げていたのですが、一部の人の目にしか触れなかった。

ところが、私の本がミリオンセラーになったのは時代が……。

 

――時代の風が吹いてきたと? 

 

幕内:そうですね。(病気の増加など)良くないことがあまりにも多かったからでしょう。

 

――「粗食のすすめ」が出版されてからでも、もう20年以上が経ちますよね。この間、良くないことがさらに増えたと感じますか?

 

幕内:だって、いまはもう「論より証拠」を待っている状態でしょう? これからいよいよ本格的に実証されていくと思いますよ。小・中学生が糖尿病が問題になる時代ですから、私たちが言ってきたことは残念ながら証明されます。実際、沖縄はもう証明されはじめているんですから。

だから、論争的なことはどんどん収縮しますよ。食品はモノですから、情報は相変わらずいろんなものが出続けます。のんきな内容の本もこれからも出ますよ(笑)。ただ大きな流れとしては、私たちが言ってきたことが証明されはじめている時代と言えるのではないでしょうか。

 

――悪い状況が当たるのは複雑な気持ちにはなりますが、予見されたことが現象化してきているということですね。

 

幕内:食事というのは薬と違って間違っても倒れませんから。「緩慢なる自殺行為」であって、食中毒などを除けば急性ではないんですよ。なにも勉強していない人はエビデンスなんて言葉を使いたがりますが、食生活のエビデンスを見出すのは時間がかかります。

それは歴史・時間そのものなんです。歴史が証明するという言い方をすると「非科学的だ」なんて言われますが、食生活については、そんな短期間に証明できるわけがありません。

 

 腸内細菌の研究が、栄養学の常識を変えようとしている

 

――成分的なものだけでなにか答えを出そうとするのは、かなり無茶なことかなと改めて思います。

 

幕内:いま、(食や栄養の世界で)大変革が起きようとしていると思うんですね。現実が良くない状況であることもその背景にありますが、もうひとつ重要なのは腸内細菌の研究でしょう。

私はきちんと理解しているわけではありませんが、「民族による腸内細菌叢の違い」について、これからどんどん明らかになっていくと思います。

たとえば、日本人はインスリンの分泌能力が少ないため、肥満より糖尿病になりやすいといった違いが一部はわかってきました。腸内細菌の研究が進んでいくことで「民族によってこれほど違うのか」ということがさらにハッキリわかるでしょう。

光岡知足先生が唱えられた『空気中の窒素を腸内細菌が取り込んで、タンパク質に変換させている』という説などは、いまではアメリカの研究者がはっきり事実と認めていますよ。

 

――パプアニューギニアの先住民族がタロイモしか食べていないのに筋骨隆々なのは、腸内細菌が大気中の窒素からタンパク質を合成しているのではないか、という話ですね。まあ、大豆と同じなのだという……。

 

幕内:そう、生きる豆(笑)。

 

――栄養学の土台が崩れていくような話ですよね。

 

幕内:だから、栄養素の計算だのなんだのというのは、大きく見直されることになりますよ。腸内細菌の研究が進んでいくことで(栄養学の常識が)ひっくり返ることは間違いないと思います。

自閉症でもうつでも、みんな腸内細菌のせいだと考えだすのは危険ですが、これから様々な病気に対して腸内細菌が関係していたということが山ほど証明される時代になるんじゃないですか。最近でも、乳幼児時期に抗生物質を使用した子どもにアレルギー疾患が多いという研究が発表されています。その原因として抗生物質の腸内細菌叢への影響ではないかと指摘されています。

 

――まさに「論より証拠」そのものですよね。

 

幕内:いま糞便移植療法が注目されていますが、(方法は)とても簡単ですからね。臓器移植と違ってお金もかからないし、臨床もどんどん進む。その結果、とてつもない難病が治ったり……。

 

――医療のあり方も変わってきますよね。

 

幕内:変わらざるを得なくなりますよ。

 

――以前、本をご紹介した佐古田三郎先生も、病気の多くは常在菌の感染に由来しているという「奇妙な感染症」という説を言われています(→こちらを参照)。そうした常在菌の大部分が腸内細菌ということで、腸が大切だとおっしゃっていて、先生のお考えとも似ているなと感じたんです。

医療を変えるキーワードになるということでしょうか?

 

幕内:キーワードというより、(糞便移植は)あまりにも極端な治療法だから、ハッキリしてきたということでしょう。

興味深いのが順天堂大の研究です。瘍性大腸炎に糞便移植療法をしてもあまり効果が見られなかった。良質の糞便を移植しても、もとからいる菌と戦ってしまい、簡単には定着しないようなんですね。

これに対し、アメリカで年間1万人が亡くなるというクロストリジウム・ディフィシルの患者の腸内は、(抗生物質を使い過ぎているため)焼け野原になっているわけです。そんな(腸内細菌が壊滅状態)の焼け野原に移植するから定着しやすいということがわかってきたんです。

そこで、移植前に大量に抗生物質を投与してみると効果が上がったと。だから、糞便移植療法で効果が出るのは難病が多いんですね。

 

――すごい荒療治ですね。一度、腸内細菌をリセットしてしまうという。

 

幕内:だから、危険性もあると思いますね。ただでは済まないのでは……。

 

――ただ、それをしてでも難病だからトライする価値があると?

 

幕内:そうですね。だって薬が効かないんですから。iPS細胞のことは、もちろんご存知ですよね? 現代医療の最先端であり、期待している人も多いと思いますが、知り合いの専門家に聞いたところ、臨床で使われるとなると医療費が間に合わないというんですね。それに比べたら糞便移植なんて費用はたかがしれています。副作用も大したことないでしょうしね。

 

――投資するリスクも、副作用のリスクも、それほど大きなことではないということですよね。

 

幕内:いまは臨床が中心ですが、これからどんどんメカニズムが解明されていくでしょうね。食品の研究においても、口から入れたものが体にどう作用するか、腸内細菌抜きには語れない時代になるでしょう。

 

――太古から菌と共生して適応して生きてきた原点のような話が、最先端の科学とつながってきた。そう考えると、すごい時代ですね。

 

幕内:これからどんどんわかってくるでしょう。そのなかで、食生活についても私たちが言ってきたことが証明されると思っています。私たちと言うより、先人が積み重ねてきたものと言うべきでしょう。

 

 

人は「毒」によって快楽を感じる唯一の生き物である。

 

――人類のルーツをたどる「グレートジャーニー」ってありますよね? アフリカから始まって、世界各地に散らばっていくなかで、僕たちの祖先は日本列島にたどり着いたわけですが、結局それは「食べるための旅」だったと思うんです。

先生が食品学から離れてから民俗学などを学ばれるようになったのは、歴史など大きな視点で食を見ようとしたからでしょうか?

 

幕内: 要するに食生活は無文字文化ですから、歴史は権力の歴史ですが、庶民の生活史は民俗学なんです。だから私は、40代で國學院大學の聴講生として民俗学を学んだんです。

もちろん、別の字の民族学などついても山ほど勉強しましたよ。それこそ人類の起源の話から始まって広く浅く……。つまり、徹底的に広く見ようと考えたんです。

 

――ちょっと大上段な話なんですが、ヒトってどんな生き物だと思われますか? 

 

幕内:難しい質問ですね。

 

――歴史のなかで多様化していくことで、いまがあると思うんです。そこには様々な意見があると思いますが、そもそも原点に戻ってどんな生き物なのか? 食の問題に照らし合わせてお話いただけると……。

 

幕内:(少し考え)ヒトの定義は「唯一毒を扱う生き物」だと思いますね。

 

――毒を扱う?

 

幕内:道具とか火とか言語とか、人類特有の文化だと思われてきたものは、多くの場合、否定されてきました。たとえば、イルカだって言語を扱うわけですから、そうではない事例も出てくるわけです。ただ、毒を利用するという点は特有のものだと思います。

 

――今回の本(『日本人のための病気にならない食べ方』)でも、毒について触れられていましたが、他の動物はそういうことはしない?

 

幕内:しないでしょうね。

 

――その毒とは、食の快楽を求めるということと同義でしょうか? 食のドラッグ化という問題も含めて……。

 

幕内:そうですね。やっぱり人は生きるためだけでは食べられない。そこには、楽しむということも含まれるんです。

たとえば、米でもご飯なら安いですが、煎餅にして楽しもうとするとちょっと高くなるわけです。その米を日本酒にして快楽を得ようとすると、もっと高くなるでしょう。

ただ、人間の楽しみや快楽を否定するわけにはいかないんです。要は、人類は毒による快楽を覚えてしまった生き物であると。まあ、アダムとイブではないですが……。

 

――原罪なんですかね、毒に目覚めてしまったことが。

 

幕内:そう。毒の気持ちよさに目覚めてしまった。快楽を覚えてしまった動物と言えますね。

 

――「人はアロカロイドの海に浮かぶ」という言い方をした方もいて……。

 

幕内:いやぁ、そうだと思います(笑)。

 

――結局、快に過剰に目覚め過ぎたところがサルとの違いで、そこに気づかないと何も始まらないと……。

 

幕内:ただ、それを一概に悪だと言えないところに難しさがあるんです。

 

――そうですね。先生がおっしゃるように、やはり「欲を持つな」とも言えません。栄養価などの機能性だけで食事はできないですし……。ただ、過剰になると変な問題がいっぱい起きるわけですよね?

 

幕内:厄介なのは、毒というのはそもそも過剰になるものなんですね。「ちょっと一杯のつもりで……」なんて言葉があるのは、水なら一杯で済むけれど、アルコールやタバコなど「ちょっと一杯」や「ちょっと一服」で済まないのが毒であるわけですから。

だから、人間がただ生きるためだけに食べているのであれば、私の仕事も簡単な話でね。だけど人間は快楽を求めるから……。

 

――食事指導などでも、そんな杓子定規にはいきませんよね。どういうことを心がけて話されるんでしょうか? 

 

幕内:一番怖いのは、快楽を否定するとそこで話が終わってしまうんです。

 

――否定するとおしまい?

 

幕内:肉だの魚だの、何をどう食べるかの話はまだいいのですが、酒やタバコやスイーツコーヒーなどは心で食べているんですよ。そこを否定してしまうと成り立たないというか、話がパーになってしまうのでね。

 

――実際に口にする前に、心で食べてしまっていると。そうした欲にどう対処するかということだと思いますが、たいていが過激な方向に向かいがちですよね。「◯◯は食べてはいけない」「××は体に悪い」と全否定するような強い主張に、つい耳を傾けてしまうというか……。

 

幕内:まあ、そうなるとオウム真理教と同じですよね。『慟哭』(佐木隆三著)なんて、涙なくして読めないですよ。林郁夫受刑囚の裁判を小説にした本ですが、まさに宗教はアヘンであるということがわかる本です。

 

――そこはアダムとイブの時代からというか、人間の宿命というか……。

 

幕内:(アメリカの自然療法医である)アンドルー・ワイルが、「すべてのドラッグの制約は失敗する」と言っています。規制をかければかけるほど、ひどくなる。その通りだと思いますね。

 

――規制をされるからその禁を犯したくなるということでしょうか?

 

幕内:そうですね。好奇心も湧くし、規制するから値段も高くなって裏社会のお金を作る仕組みにもなりますしね。

 

 

「獲物を仕留める喜び」がスポーツの原点にある

 

――『食生活と身体と退化』の内容と重なってくると思いますが、近代以前は、まだ人の欲望がそこまで肥大化していなかった気がします。文明にあまり毒されていない先住民の生き方から、学べることはあるでしょうか?

 

幕内:快楽とかドラッグというのは、時代と民族によってすべて定義が違うわけで、たとえばイヌイットはドラッグがないんですよ。

ただ、いまは違いますよ。いまは(イヌイットも)アルコール依存症がすさまじいといいますからね。どの民族も免疫がないとアルコールやタバコに対して自己規制ができなくなるみたいです。

 

――経験がないからいいとは言えないわけですね。

 

幕内:ええ。イヌイットの話で面白いなと思ったのは、仕事という概念がないんですね。彼らにとってはただ「食べるために狩りをする」というだけのことで、「仕事は何を?」と質問しても「仕事って何だ?」ということになるんです(笑)。

日本人の感覚からすれば狩りが仕事だろうと思うんですが……。だから狩りそのものが大きな快楽なんでしょう。射止めた時の喜びとかね。

 

――そこで快楽が満たされていたら、食べ物などに過剰に快楽を求めないで済むかもしれませんね。

 

幕内:開高健の本に出てくる(中国の古いことわざで)『3日幸せになりたければ結婚しなさい。一生幸せになりたければ釣りを覚えなさい。』というものがあります。それはまさに狩猟が快楽であるということの名残じゃないでしょうか? いまでも釣りは人気がありますしね。

 

――狩猟文化の変形というか、現代でいうスポーツのような?

 

幕内:食糧のために釣りをする人もいるだろうけれど、基本的にはレジャーですよね。ただ、釣った時の喜びは狩猟時代の名残でしょう。サッカーなど見ていても、ゴールをしたシーンは獲物を獲った時のシーンと同じですよ。

 

――サッカーは狩猟民族のスポーツですよね。日本でも人気が出てきましたが、彼らの文化に適応しようとしているんでしょうかね?

戦争の代用としてスポーツをやっているという考えもありますよね。

 

幕内:ありますね。戦争の代償行為ということでしょう。ヨーロッパや南米のサッカーを見ると戦争そのものですよね。凄まじいというか……。

 

――人を殺さない形の国同士の戦争ですよね。そんななかに日本も割って入らなくてはならないんですから、大変です。本当はそんな必要はない気もするんですが(笑)。

 

幕内:最高傑作はシャンパンファイトですよ。F1なんかで優勝するとやるじゃないですか? 最近はあれを女性までやっていますが、バカじゃないかと思いますよ、あれは射精の象徴ですから(笑)。あれはどう見ても、獲物を仕留めた男が喜びを表現している姿でしょう。

 

――なるほど(笑)。先生は日本人に対してどんなイメージがありますか?

 

幕内:なかなか難しいですね。ただ、腸内細菌の研究などがどんどん進んでいくことで、最終的には先人たちが何を選択し、何を食べてきたのか、その意味や意義が必ず証明されると思っています。

 

 

↓続きはこちらをご覧ください。

 

「日本のように水と塩の両方が満たせる国は、ほかに見当たりません」(幕内秀夫インタビュー②)

 

取材協力:野口久美子

◎幕内秀夫 Hideo Makuuchi

管理栄養士。1953年、茨城県生れ。東京農業大学栄養学科卒。学校給食と子どもの健康を考える会代表。日本列島を歩いての縦断や横断を重ねた末に「FOODは風土」を提唱する。帯津三敬病院にて約20年にわたり食事相談を担当。現在、伝統食と民間食養法の研究をする「フーズ&ヘルス研究所」代表として、全国各地で講演、セミナー活動を続けている。

ミリオンセラーになった『粗食のすすめ』『粗食のすすめ レシピ集』をはじめ、『夜中にチョコレートを食べる女性たち』『変な給食』『「健康食」のウソ』『世にも恐ろしい「糖質制限食ダイエット」』『ドラッグ食(フード)』『じぶん哲学〜シルクハットから鳩が出てくるのはマジックでしょうか?』(共著:土橋重隆)、『日本人のための病気にならない食べ方』(フォレスト出版)など、著書多数。http://fandh2.wix.com/fandh

 


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幕内秀夫・著『日本人のための病気にならない食べ方』 (フォレスト出版)

 

内容紹介

「食生活を考える時、栄養素なんて無視しなさい」

「栄養素のことを考えれば考えるほど、健康は保てなくなる」

「栄養学が日本人の食事をダメにした」

管理栄養士の私が言うのもおかしな話ですが、

私はこれまでそうした主張を繰り返してきました。

 

なぜ、そう言えるのか? いまの栄養学には、「食べるとはどういうことか?」を理解するためのポイントが欠けていると感じるからです。

 

それを食べたいからつくるのではなく、つくれるものを食べる。

 

歴史を振り返れば、自然条件が農を決め、農が食を決めてきた。

いまでも多くの国がそうです。これが真実であり、そのなかに地域の伝統食や食の知恵があったわけですが、いまの日本はどうでしょうか?

 

何がとれるかと関わりなく、季節も考えず、外国からいろいろな食材を取り寄せ、

食生活を成り立たせています。そうしたゆがみが見落とされたまま、さまざまな健康法、食事法が生まれては消えていきます。

 

出回っている情報の何がどうおかしいか、そのうち、判断がつかなくなります。

本書ではそれを「情報過食症」と言っています。

私たちの多くは氾濫する健康情報に振り回され、食べることの本質がどこにあるのか、見えなくなっています。体にいいものを求めるあまり、逆に体をおかしくしてしまっているのです。

 

本書では、情報過食症に蝕まれている皆さんに、そもそも食べることはどういうことか、

わかりやすくお伝えしていきます。その原点に帰ることができれば、食生活のどこを見直せばいいのか? どう健康管理していけばいいのか? その秘訣もわかってくるはずです。

(本書まえがきより抜粋)